ジェフ市原時代の森崎嘉之。1996年6月1日、ナビスコカップ対アビスパ福岡戦。この試合が所属2年間で唯一の出場機会だった
1994年度の高校サッカー選手権で8得点を挙げ、大会得点王になった森崎嘉之。鳴り物入りで、ジェフ市原に加入したが、わずか2年で解雇されてしまう。その後、23歳で現役引退――。
しかし45歳になった森崎は再びボールを蹴る日々を送っている。「1回やめましたが、やっぱりサッカーは楽しい」という元得点王に話を聞いた。(全2回の#2/#1へ)
タウンワークで見つけた「月給36万円」
かつて市船史上最高のストライカーと呼ばれた森崎嘉之は高校卒業後、プロ入りするもジェフ市原(現ジェフ千葉)を2年で戦力外に。その後はJFLや地域リーグでのプレーを経て、23歳で選手キャリアを終えると、約10年間中古車販売会社で働くなどサッカーと距離を置く生活を送っていた。
「Jリーガーって日本代表クラスまでいけば(指導者やメディアでの)仕事もあると思うんですが、途中でアウトすると本当にキツい。それまで僕は履歴書も書いたことがなかったですし。職歴にジェフ市原と書くのもサッカー選手っぽくて嫌だなと思って、“JR東日本古河電工”入社とか書いたりして(笑)。最初は10社くらい応募して、ぜんぶ落ちましたね」
そんななか、コンビニで目にしたのがタウンワーク(求人情報誌)だった。
「確か、3ページ目かな。開いたら月給36万円って書いてあって、よし、ここを受けようと。それで、たまたま受かったのが千葉県内の中古車販売会社だったんです」
晴れて地元の会社に勤務することになったが、営業時に名刺を渡せば、「なんで? どうしたの?」と反応する人は少なくなかった。当時はそれが堪らなく嫌だったと振り返る。
「自分から言うことはなかったですが、お客さんにサッカー好きの方も多くて、『市船の森崎さんですよね?』と声をかけられるのがいちばん辛かった。なぜか『2ちゃんねる』で、車屋で働いていることが叩かれていたこともありましたし。ただ、僕のことを知っていたことで車を買ってくれた方も多かった。たぶん2000台くらい売って、そのうち1000台くらいはそんな感じでしたから。だから、結果的にサッカーをやっていてよかったなって。おかげで、最後は店長になりました」
「鈴木隆行がゴールを決めて…オレは何をしているんだ」
かつて寮でともに暮らした城彰二が日本代表としてプレーした1998年フランスW杯は「興味もなかったし、ちゃんと観た記憶がない」と話す。一方で、26歳で迎えた2002年日韓W杯は、同学年で若い頃に交流もあった中田英寿、楢崎正剛、松田直樹らが躍動する姿を営業中の車内で目にしたことをはっきりと覚えている。
「車でお客さんを乗せながらカーナビで見ていたら、(同じ76年生まれの)鈴木隆行がゴールを決めて。オレは何をしているんだ!という思いもありましたけど、まずは目の前のお客さんに車を売らなきゃって。
いまになって思えば、(プロになってから)もう少しサッカーを頑張っていたらという後悔はあります。逆に言うと、若い頃は後悔するほどやり切っていなかったので、気持ちをスパッと切り替えられたんだと思います」
日本中が熱狂していた02年、ひょっとするとサッカー日本代表に対し、最も冷めた視線を向けていたのは森崎だったかもしれない。
「いまは純粋にサッカーが楽しいですね」
しばらくサッカーと距離を置いていた森崎だが、中古車販売会社を退社後はフットサル場の管理業務や知人のサッカースクールのコーチをしながら2015年に独立。現在は小・中学生を対象にしたサッカークラブの代表として活動しながら、自身も東京都シニアリーグ2部(オーバー40)でボールを蹴り続けている。
「いまは純粋にサッカーをやっていて楽しいですね。所詮シニアと言われるかもしれないですが、ちゃんとレフリーがいて、試合前にメンバー表を交換して、整列もする。懐かしさもありますし、こういうのがいいなって(笑)。
TBOB(Tokyo Beer Old Boys)というチームで、昨季は1勝6分け2敗でなんとか2部に残留。5年ほど前からプレーしていて、すぐに3部から2部に上がったものの、1部にはなかなか上がれなくて……。いまは2部がちょうどいいと思っています」
ポジションはFWかトップ下で、チームの得点源である。
「そういうことにしておいてください。だって、僕がサイドバックだったらおかしいですよね。25分ハーフと短いですし、バカスカ点が取れるわけではないですが……。さすがに、いまは『市船の森崎さんですよね?』とは言われなくなりましたが、たまに対戦相手から『いちばん上手かったですよ』なんて声をかけられます(苦笑)」
以前は…「やっぱりうまいね」「一緒にするな」
最大で100キロ近くあった体重も約17キロのダイエットに成功。ジムでのトレーニングを欠かさずに、持久力も戻ってきて一度は嫌いになったサッカーを再び楽しんでいる。
「僕の場合は(現役時代に)やり切った感がないのが、よかったのかも。現役時代にやり切った人は、引退後にプレーを続けている人は少ないですからね。
中古車販売会社で働いていたときは、仕事帰りにフットサルに誘われることもありましたが、翌日のことを考えると早く帰りたかった。そこで、同僚とボールを蹴って『やっぱりうまいね』って言われても『一緒にするな』と思ってしまったり。
いまは周りに『本当にサッカー経験者なの?』っていう下手な人もいますけど、できない選手がいれば、その選手のぶんまで頑張ればいい。少し前に、千葉県内のシニアサッカーのイベントで市船時代の恩師・布(啓一郎)先生に会って『痩せたし、まだサッカーやりたいんです!』と言ったら、『その気持ち、昔に欲しかったな』って言われましたけどね(笑)」
“サッカーを続ける子”と“やめちゃう子”の差
一度サラリーマンとして働き、またサッカーの現場に戻ってきたことで見方や付き合い方も変わってきた。森崎が代表を務めるサッカークラブには、小中学生合わせて約150人が所属しているが、指導する上で大切にしているキーワードは楽しむこと。みんながプロになれるわけでも高校サッカーで活躍できるわけでもないが、できる限り長くサッカーを続けてほしいと願っている。
「よく『子どもに教えられるの?』って聞かれますが、楽しくやるのは得意なんです。指導現場を見ていると勝利至上主義で勝てばいいっていう人もいますが、そういうのは嫌で。指導者に『蹴れ、走れ』って怒鳴られながら、サッカーしても全然楽しくないじゃないですか。余りにもやる気がなければ少しくらい活を入れますが、中学生までは戦術云々もいらないし、個性を出してやってくれたら。あとは『サッカーをやめんなよ!』って。
最初はみんな好きでサッカーを始めたのに、多くの人は途中でやめちゃう。確かに続けるのは難しいんですが、時間を作ってでもやりたい人は大人になっても続けているし、その差は何かなって考えます。いまは千葉県内だけでも中学のクラブチームはすごく多くて、200以上あります。昔に比べると親の熱量も凄くて、どこそこが強いとなれば、みんな親の勧めでそこに流れる。ウチは来る者を拒まずで、来た子たちにとにかく楽しんでもらうようにやっていますし、もっと自由にやればいいのにと思っちゃいますね」
「体が動く限りプレーできたら」
いまは元Jリーガーがサッカーを教えることは珍しくはなく、それで人が集まる時代ではない。そのなかで、生徒からお金を取ってクラブを運営している以上、よりチームの色を出すことが他との差別化にもつながると森崎は話したが、それ以上に自身の経験を踏まえサッカーを楽しんで欲しいと考えているのだ。
「僕は1回やめましたけど、やっぱりサッカーは楽しくて、40歳過ぎてもサッカーを続けていて『どこでやっていたの? 上手いね!』なんて言われたらうれしいでしょ。僕は普段、中学生と練習しているし、昔みたいには走れなくても技術的にはいまがピーク。だから、やめるタイミングなんてなくていいし、生涯現役っていうか体が動く限りプレーできたらと思っています」
そして、森崎はいま選手やサラリーマンのときよりも、ずっと人生を楽しんでいると笑った。
「高校選手権で優勝し、得点王になってよかったことも、そのことに苦しめられたこともありましたが、すべてをひっくるめていい思い出。ゴルフをすることも、お酒を飲むことも好きですが、やっぱりサッカーをしているときが一番楽しいですね」
<前編から続く>
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